美術として

『線と線との関係が生み出す多様性は無限だ。その条件下で、質が具現化される。それは、私たちが識別するものと私たちの中に先在するものとの間に認められる類似性において、これ以上約分不可能な総和なのだ。』  

                      

A.グレーズ & J.メッツァンジェ

                  

 

ボクはいつも自問せずにはいられない、いったい芸術とは何なのか、と。視覚メディアが暴力的に横溢するなか、メディアクラシー(メディアによる政治操作、その逆も真)とメディアによる大衆操作に踊らされているに過ぎないと映る現代社会に暮らし、ことに美術史においてはダダイズムを掲げて美術の意味をそっくり塗り替えてしまった、あるいは“芸術の死”を宣言したはずのマルセル・デュシャン以降、芸術の名のもとにあらゆる表現が可能とされる(それこそレディーメイドの“便器”も美術品なのだ)におよんで、それならばボクにとって“描くという行為”に何の意味があるのか、と自問せざるを得ないのだ。もちろん、その議論にはいたく興味を覚えるし、世界対戦を経験した者のみが有するイデオロギーの虚無といった時代精神を表現に昇華し得たその伎倆、またこれを当時の美術界に確たるイデオロギーとして位置づけることに成功し得たその説得術には、ただ感服するのみであるが。それにしても、はたして美術とはそればかりと言い切れるものだろうか。

 

あるいは人類にとって美術の意味は、と問いかけてみてはどうか?人類史をひもとけば周知の通り、文字が生み出される遥か以前に人間は絵という手段を持っていたのだから。確かに絵画は、有史以前の古代社会にあっては宗教儀礼あるいはシャーマニズムに仕えたはずだし、文字を生み出す契機ともなっただろう(現在も無文字社会は存在するし、インカ帝国に見られるように文字をもたない高度文明も存在したとはいえ、この事実は決して否定できない)。あるいは、文盲率の高かった時代に“意味”を伝える手段として仕え、文明の生成の基幹ともなったことだろう。そして、人間の想像力を育み、豊かな創造性と感性を醸成してきたことだろう。

それにしても、この錯綜する現代社会において、ボクのような凡庸な美術家が視覚芸術をもっていったい何をなし得るというのだろう、仮にそれが可能であるとすれば。それにも関わらず、ボクは信じてやまない。美術はいまだその独自の言語をもって、人類に物語るコアの要素を保有するのだ、と。

技法的には出尽くした感のある美術界にあって、近年、日本の墨とアクリルを併用したハッチングによる線描法を開発し、新たな絵画の可能性に挑んでいるわけだが、それはまたイタリア・ルネッサンスを牽引したフィレンツェ派の美術家たちにより確立されたディゼーニョに着想を得、また現代脳神経学の立場からの人間の視覚に関する研究成果にも多大な示唆を得たものだ。何より興味深いのは、脳生理学的見地では、視覚脳における事物の知覚プロセスは、形態・空間・色彩いずれにおいても、方位選択性細胞により線的記号として処理されているということだ(ただし、動きを知覚することに特化したV5部位は、線ではなく点であるという)。この視知覚における情報処理プロセスは、あるいは人間が有史以前にコミュニケーション手段として用いたはずの絵画から文字の発明へと至る神秘を解く鍵になるかもしれない。この情報処理システムと思考と創造性を結ぶ神秘は、まさに人間固有のものだからだ。これこそ、ボクの開発したハッチング技法の基礎となるものだ。また、墨とアクリルの併用は現在のボクの創作活動の基幹を成すもので、古くは中国より伝播し日本独自の技法にまで昇華・定着した墨絵(長谷川等伯はその白眉)のもつ魅力に端を発し、西洋と東洋の豊かな美術的・文化的・思想的遺産を結ぶボクの美術家としての挑戦にほかならない。

 

人と美術の悠遠な関係をさぐり、その固有の創造性の端緒を尋ね、かつその今日的な意味を問い、ボク自身のヴィジュアル言語に昇華すること。それは人間存在の神秘に挑むことにほかならない。ボクは一介の美術家として、ほかでもない“人間の見るという行為”の真相に肉薄することで、人間存在の神秘とその尊厳に分け入り、数多とある表現の中での絵画の位置を掘り下げ、さらに西洋と東洋、その長大な美術遺産と現代の知とを繋ぐ新たな表現の可能性を模索しつつ、これを人間のコアの美術的営為としての絵画・ドローイングのうちに昇華してみたいと願って、日々創作に臨んでいる。

イギリス湖水地方在住の日本人美術家 | JAPANESE ARTIST IN THE ENGLISH LAKE DISTRICT | UNITED KINGDOM

Hideyuki Sobue's Portfolio | Copyright © 2020 Hideyuki Sobue. All rights reserved.

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