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I Wandered...

Rydal Mount, Ambleside
→ 11th April ~ 31th August 2015
I Wandered

     ギリスで最も美しい景勝を誇る湖水地方の自然美の保全において、英国ロマン派を代表する桂冠詩人ウィリアム・ワーズワースが果たした役割は決して小さくない。ワーズワースは、イギリスの近代化の波に抗いつつ、当地の自然美に霊感を得て多くの傑作を残した。彼はまた園芸家としても知られ、自ら設計・造営した広大な庭園は、詩人が37年の長きにわたって半生を過ごしたライダル・マウントにそのまま残され、現存するロマン派最後の庭園の一つとして注目を集めている。

  そのライダル・マウントにて『水仙』の最終稿出版から200周年を迎える2015年、湖水地方を拠点に活動する日本人美術家として、近代化以前とポストモダン以後の21世紀との比較における時代・国境を越えた美術的アプローチを通して、自然美を心の友としたワーズワースの今日的意味を探り、視覚言語として一連の作品に昇華してみたいと本プロジェクトを構想した。また、現代詩人ギャリー・ボズウェルとのコラボレーションを通してイギリスと日本との絆を深め、絵画と文字との隔たりについて、そのプリミティヴな意味の抽出を試みた。それはロマン派の精神性にも通底し、加速するテクノロジー偏重の現代社会における精神の希薄な時代にその真意を問う試みともなるはずだ。

  ウィリアム・ワーズワースの二連肖像画は、初めから本展覧会の最重要作品として位置付けようと考えていた。ところが、いざ乗り出してみると、歴史的人物の肖像を描こうというのは決して簡単なことではないとわかった。様々な資料から詩人の肖像のイメージを探し求めたものの、参照するにはあまりに理想化され過ぎていたり、高齢であったりする場合が多かった。そうしてたどり着いたのが、国立肖像画美術館所蔵の詩人のアーカイブ画像だった。しかもそれは、『水仙』最終稿が出版された1815年制作の詩人45歳当時のライフマスクだった。それはまさに青天の霹靂だった。その著名な詩出版200周年を記念してロマン派時代の文学の巨匠の肖像を描こうというのに、これほど当を得た資料が他に見つかるはずもなかった。こうして、創作の旅が始まった。


  まず、ワーズワースの肖像部(二連画上段部)を、詩人の顔のみに限定した。そこにはほとんどの属性が示されておらず、ロマン派時代の装いがその特徴的な襟元のリボンにのみ仄めかされている程度だ。ボクはあえて、ワーズワースを歴史的人物としてではなく、現代にその存在を問うものとして“今日の人”として描いてみたいと考えた。それによって、より今日的な意義での詩人の占める位置を表現に変えてみたいと願った。産業革命の波が押し寄せる中、この湖水地方の景勝美を守ることに尽力した詩人のメッセージは、その後のナショナル・トラスト運動の基を築いたばかりでなく、環境破壊が深刻化する現代社会においていっそう深い意味を持っている。その意味で、ワーズワースは、単なる詩人にとどまらず、古代ギリシヤやヘブライの詩人たちがそうであったように、時代を超越した慧眼をもつ預言者的な存在ではなかったかと、ボクは思う。この意味において、二連画下段を飾る水仙群を描いた作品の位置付けが重要になってくる。 
 
  45歳当時の詩人を描く試みを踏まえつつ、なお詩人の時代を超越した本質を表現するために何が可能かを熟考した末に思い当たったのが、ボクがこれまで積み上げてきた二連肖像画というスタイルだった。一方に詩人の当時の相貌を、他の一方に詩人と関係の深い、本展のテーマ “I wandered” にちなんだイメージを重ね、そこに超時代的・預言者的なアトリビュートを盛り込むとすれば、ボクにはこのイメージしか思い当たらなかった。すなわち、漆黒の平原に無限に広がる水仙群。それは、詩人の肖像画の暗い背景と呼応しつつ、まず第一に『水仙』原作から10数年を経て完成させた本最終稿に至るまでの思考の時空的広がりを表現したものだ。そして、それは詩人が1850年に80歳で逝去する3年前に甘受しなければならなかった最愛の娘ドーラの死を見通すかのような苦渋に満ちた表情と相まって、その死を悼んで詩人が設けることとなるドーラの園の水仙群とも呼応している。さらに、現今のポストモダン社会が直面する深刻な環境問題をモダン時代の黎明期にすでに詩人が見通していたとする、いわば預言者的な位置付けを付与する意味合いにおいて、その世紀を超えた巨視的な時空をも表現している。これらを統合するアトリビュートとして、ボクは下段作品の水仙群を上段作品である肖像に匹敵する精細さで制作し、二連画として完成させた。

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